メイロの迷路

初めまして 多分これ読む人は初めましてじゃない人がほとんどですが メイロです 最近、文章を読むのが辛いので書き始めてみました マジで伝える事が無いと思うので、読まなくても大丈夫です。 自分のメンタル調整に、気持ち整頓用に書く予定なので、、、 「それでも読んでみるよ、鼻くそほじるほど暇なので」みたいな人は読んでみてください よろしくお願いします。 とりあえず衝動で開設したから、いつ記事出すかわかんないけどね!! では、また。

メンヘラなので感想文書いていたはずなのにお気持ち表明になってしまった!!

昨日友人と会った時に面白い本を貸してもらったので、感想などを書いていこうと思います。

正直、最後の方が題名の通りな感じなので、そこは自己管理能力高めのフォロワーを信じて自由にブラウザバックしてもらう事にします。気をつけてね。気持ち悪くなっても知りません。

 今読み直した感じ、そんなにしつこくなくあっさりと書き上げられていたのでそこまで胃もたれはしないと思いますが。(どちらかというと補完しなさすぎ感はある。まあそれはいつか又別の機会で。)

 

導入はあるDiscord鯖でのコミュニティの話。そこに属する2人の女友達の話からしたら面倒なことになるので適当にはしょりながら書きます。

恋愛観が私とは真反対に壊れている子(A)とある程度似通ったとこはあるかもなと思う子(B)の2人が、この本を読んで「この本は面白い、メンヘラは嫌い」と結論付いたそうな。男のメンヘラは嫌い、だったような気もする。不確か。

Aさんがみんなで読み回してね!感想求む!って言ってたし、書いてみようと思います。もしかしたらその場にいる男子勢向けの言葉だったのかもしれない、そうしたら自意識高いウーマン爆誕してしまう恐怖があるけど.....もう書き終わっちゃったししゃーない。

 

 

貸してもらったのはこちらの本

https://www.amazon.co.jp/%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%92%E6%84%9B%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E3%81%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E3%81%84-%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%81%AE%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%81%AE%E5%91%8A%E7%99%BD-%E8%A7%92%E5%B7%9D%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%B8%AD%E5%B3%B6-%E7%BE%A9%E9%81%93/dp/4043496052

「人を愛することが出来ない マイナスのナルシスの告白」著 中島義道

【私が病んでそうな時に読んでそうだなって思われる題名ランキング】3位くらいに入るよね。

実は全6章構成の中、5章までを流し読みした後の感想なので、深い考察とか無いですし、そもそも書いてある事を記憶違いしている可能性も高いのでご了承ください。

 

注)ここからはあやふやなネタバレ含みます

 

 

 

中身の大まかな説明をすると、

「筆者の人を愛せないという自意識」

「いわゆる愛って何なのか(様々な小説や哲学史の文献から引用しつつ)」

↑ここでアガペーやらエロスやら家族愛やら夫婦愛やらの話をするのですが、

↓以降は家族愛や夫婦愛、何でもいいけど特定の個人を愛する時の愛を指して書いていた

「愛が人々の中でどのように表出されているのか」

「愛のマイナス面」

「自分の生い立ちの中での愛の存在について」

の5点から語られるエッセイでした。この先の感想についても、愛と書くときは家族、夫婦、愛人、なんでもいいけど特定の個人を指して言うことにします。

人を愛する事が出来ない父親と夫を愛し夫に愛されたい母親の間に筆者が生まれた話から始まるのですが、その時点で壮絶。

他人の感情や愛情に鈍感で興味を示さない父親は人を愛せない事への罪悪感がなく、そのように育ちたくなかった筆者も成長し大人になるにつれて人を愛する事が出来ないタイプの人間だと自覚し、葛藤し、罪悪感に悩まされる。

母親はそんな父親の愛情のNASA無さに絶望し、父親に対してヒステリックに当たって追い詰め、愛のないことを断罪しようとするけど父親はそんな価値観無いし他人の感情をどうでも良いと考えられるのでスルーされる。

私の印象としてですが、愛に無関心な父親とは対照的な母親の影響を筆者は受け、愛を当然の物として考え育った故の罪悪感や憧れ、執着し、自分の中で愛をどのように考えたら良いか迷った末の作品だと感じました。(あたりまえ体操?)

私は筆者の言う「愛を体感し本能的に与えられる人」なんだとは思う。恋人を他人とは特別視するし、愛しいと感じたときは性欲も高まる(ようになった)。作中の母親の絶望の感情も理解するし、日常において愛のマイナス面を背負ってる自覚も非常に実感しながら生きている。

もっとぶっちゃけると、好きになったら結構ドハマりして相手に全部尽くすし、その分相手からも大事にされているという実感が欲しいタイプなんですよね。

言葉でも行動でも構わない、ただ「自分が大事にされているという感覚」を持てる物なら何でもいいんだけど、実は贅沢な話だったりするって事。

類友とはよく言ったもので、今まで私の周囲にはそのタイプの人が多かったと思う。私ほど酷くはなくとも、基本的には相手の感情に寄り添って思いやりを持って接する、特に好きな人には自分といることでもっと幸せになって欲しいから自然と他の人とは違った態度になる…的な?

こうやって実際に書くと限定され過ぎたり変なとこを含んだりしてしまうから、難しい。そこら辺は各自都合良く解釈して欲しいけど、そういう共通認識も出来ない人もいるもんな・・・・まあここは適当な個人のブログなので考えるのやーめた☆

まぁ、そんな愛情って相手とバランス良く続くこともなかなか無く、私は特にクソ重わがまま欲しがり構ってちゃん成分が大きい上にそれを自覚していていっちょ前に遠慮して察して欲しがるというめんどくささの極みの恋愛をしてしまうので、何かと相手に苦労をかけた上に自分からお別れを切り出すという暴風雨のような女をしてきました。

自分勝手に尽くして、期待して、絶望して…そう、そこに関しては作中のママと同じなんですよね。こえええぇぇえぇぇぇぇええぇ。

でも、違うところもあるとは思う。私は出来るだけ、相手を呪うことの無いように、今後も良い関係でいられるようにお別れしているつもり。自分の愛情のバランスの悪さを自覚している分、相手に付き合わせるわけにはいかないという申し訳なさもあるけど、そこで作中ママと同じように相手を呪ったまま一生を過ごすのは、自分も辛いだけだし…。そこは、作中で出てくる「自己愛」に関係するのか「奴隷と主人」に耐えきれなかったのか…自己理解を深めて作中に当てはめる事をしないと分からないけども。

 

…………。

 

1番言いたいことにどうにかして繋げようとしたけど、文章力が稚拙なので保険付きのメンヘラお気持ち表明をだらだら書くことになってしまって悲しい……。

今日は諦めて文脈とかすっ飛ばして書きます。これ以上の保険もめんどくさいのでつけません。察しろ!(暴力)

 

 

めんどくさくなるような負の感情も含めて、

人(家族、恋人、自分などの特定の個人)に愛情を持つという行為も、それによって作られた様々な関係も、しがらみも、感情も全部、

人間 って感じがして私は好きです!!!

もしかしたら贅沢な話かもしれないけど、愛のアンバランスさが生み出すめんどくさい感情があっても尚、妥協しながら相手と寄り添い合って心を通わせて、幸せだと思える恋愛・結婚をしたい、そう思いました。

 

 

 

 

哲学本としての面白さだけでなく、中島さんの一生をかけた物語として、面白かったです。今後演劇をする上で、そんな役もやってみたいと思える人物像でした。

 

疲れたのでこんな感じで感想を終わらせて頂きます。

 

では、また。